スイスのリフト乗り放題「マジック・パス」運営組合 「夏の拡充が優先事項」
スイス内外80カ所のスキー場でリフトが乗り放題になる年間パス「マジック・パス」。スキー客の減少に歯止めをかけることには成功したが、地球温暖化や外国大手リゾートの拡大など、新たな課題も生まれている。
マジック・マウンテンズ・コーポレーション(MMC)は、山への交通の便向上と山のレジャーの促進を目的に、2017年にスイス南西部のヴァレー(ヴァリス)州シオンに設立された協同組合だ。同社が販売する年間パスポート「マジック・パス外部リンク」は、平均400フラン(約6万9000円)強でスイス全国の加盟施設80カ所を5月1日から翌年4月30日まで何度でも利用できる。
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2023年は18万枚、総額約7000万フランを売上げ、スイスの山岳業界には欠かせない存在となった。だが気候変動や国際競争の激化、顧客の要望の変化など、課題は尽きない。MMCのピエール・ベッソン会長がシオン空港近郊にある本社で、swissinfo.chのインタビューに応じた。
1953年、ヴォー州ヴヴェイ生まれ。ETS(高等専門学校)で工学を学んだ後、1976~94年スキーリフトメーカー「POMA」グループに勤め、スイスを中心にフランスやドイツ、オーストリアで働いた。1994~2019年に、ヴィラール・グリオン・ディアブルレのスキーリフトを管理。
2017年、セバスティアン・トラベレッティ(スイスピーク・リゾート社長、テレ・アンゼールとアンゼール・ツーリズムの社長、MMC副社長)、パスカル・ブルカン(グリマンツ・ジナル・スキーリフト社長)、ジャン・ダニエル・クリヴァ(ホテリエ兼レストラン経営者、クラン・モンタナ観光局長)の3人と共同で協同組合「マジック・マウンテンズ・コーポレーション」を設立し、会長に就任。
swissinfo.ch: マジック・マウンテンズ協同組合と「マジック・パス」が直面している主な課題は?
ピエール・ベッソン:2017年にマジック・パスを発売するまで、スイスの山々の利用者は20年間で約28%減っていた。
マジック・パスのおかげでスイスでは山のレジャーを好む国民が増えた。主な課題は、夏も冬も、また消費者だけでなく加盟施設80カ所の間でも、このブームを長持ちさせることだ。
マジック・パスは冬に利用できることでよく知られている。夏シーズンはどれほど重要なのか?
夏は非常に重要な季節だ。春秋のサービスもやや限られているが、夏を拡充することを優先事項の1つにしている。
スキーリゾートはかつて、冬のアクティビティだけで十分な収益を上げていた。だが地球温暖化にともない、多くのリゾートにとって夏のアクティビティは欠かせない存在になった。夏の暑い時期には山の涼しさを求める人も多いため、とりわけ重要だ。
加盟80施設のうち37カ所がすでに夏も利用できる。最近も夏のオファーの質の高さで知られるいくつかのリゾートがマジック・パスに加わった。
マジック・パスで利用できる夏のアクティビティにはマウンテン・バイク(MTB)やジップライン(ワイヤーロープで森の上などを滑空する)やツリークライミング、パラグライダー、ハイキングなどがある。
クラン・モンタナやアンデルマットなど一部のリゾートは、外国人観光客に照準を当てている。マジック・パス加盟施設ではどうか?
クラン・モンタナとアンデルマットは最近、米ベイル・リゾーツに買収された。ベイルの価格設定は欧州よりはるかに高く、ロッキー山脈でスキーをするために飛行機で5時間飛ぶのを惜しまないニューヨークの富裕層を相手にしている。この種の顧客にとって、クラン・モンタナやアンデルマットに行くためにフライトが数時間長くなることは造作もない。
言うまでもなく、当社のアプローチはもっとローカルなもので、顧客の大部分はスイス居住者だ。私たちは主に、リゾートの近くに住む人々のための山岳レジャー活動の開発を狙っている。
今後、地理的にはどのような発展を見込んでいるか?
MMCの加盟施設の大部分は、ベルン州(26カ所)、ヴァレー州(21カ所)、ヴォー州(11カ所)にある。フランスにも6カ所、イタリアに2カ所、残りは他の3州にある。現在、ヴァレー州とフリブール州の人口の約10%がマジック・パスを持っている。ヴォー州では人口の6%だ。
現在・将来の顧客の要望を踏まえ、サービスを広げていく。ベルン・トゥーン一体、スイス中央部にも広げたい。ジュネーブの顧客向けに、高速道路A40で行けるフランスの施設に加盟してもらえないか、機会を探っている。
加盟するスキー場がオーバーツーリズム(観光公害)の被害に遭うこともあるのか。
山岳リゾートに厳密な最大収容人数というものはない。ただ加盟施設は年に4~5日、わずかに許容範囲を超える。それは不快感を招きかねず、道路やリフトの列、ゲレンデ、レストランやトイレなどおもてなし全体に影響をもたらすことは認識している。
だがこのように時折発生する過負荷は、気象条件など制御できない要因に左右されるため避けようがない。
マジック・パスは売上げを加盟施設間で分配する仕組みだ。分配比率についてはどんな議論があるか?
分配比率が問題になったことはない。簡単に言えば、当社は次のようなシステムを採用している。スキーリゾートが(マジック・パスに加盟する前に)シーズン券を100万フラン、総利用日数(来場者1人が1日リフト券を利用すれば1日と数える)3万日分を売り上げていたとする。当社はこのリゾートに年間100万フランの還元を保証している。1シーズン中の総利用日数が5万日に到達した場合、2万日分を追加で還元する。
さらに売上げの1%は雪不足に備え、低地リゾートを支援する連帯基金に積み立てる。
すべての加盟施設は満足しているということか。
力を合わせて山を訪れる人を増やし、すべての加盟施設が利益を得られるように余剰金を公平に分配している。その結果、大規模施設に限らずすべての施設でマジック・パスにより売上高が増えた。
最近の山ブームはレストランやスキースクール、スキー用品店、さらには非加盟のリゾートを含む山のエコシステム全体に恩恵をもたらしている。
新規加盟者はどのような基準で受け入れているのか。
加盟申請ごとに、コストよりも多くの収益(顧客の増加)を生み出すことを重視している。例えば、サース・フェーと直接競合しすぎるサース・グルントの加盟は却下した。
MMCはなぜ柔軟な株式会社ではなく、協同組合という形を選んだのか。
正直、私は当初、協同組合形式にあまり乗り気ではなかった。だが協同組合には、すべての組合員が平等な立場にあるという利点がある。株式会社であれば3大施設(サース・フェー、グリメンツ、ヴィラール)が不釣り合いに大きな権力を握り、小規模リゾートはそれを受け入れなかっただろう。
ベイル・リゾーツや米アルテラ(Alterra)、仏カンパニー・デ・ザルプ(Compagnie des Alpes)、スウェーデンのスキースター(SkiStar)といった大手外国企業に発想を得ることは?
もちろんある。私は何度か米国に旅行する機会もあった。MMCのセバスティアン・トラベレッティ副会長はベイル・リゾーツでの勤務経験がある。マジック・パスは間違いなくベイルの代表商品「エピック・パス」にインスピレーションを得たものだ。
だがベイルのような企業はスキーリゾートを購入しているが、当社はもちろん所有していない。ベイルは小規模なスキースクール、スポーツ用品店、レストランも買収した。当社は中核事業に集中したいと考えている。いずれにせよ、大きなスキースクールは独立性を維持したがっている。
将来、山岳リゾート業界は少数の世界的な大手企業に牛耳られる日が来ると思うか。
ありえなくはないが、スイスに関しては近い将来にそうなることはないだろう。
だがニューヨーク証券取引所に上場しているベイルは既に世界各地のリゾート40カ所を経営している。信頼できる情報筋によると、さらにスイスで5~6カ所、オーストリアで3カ所前後を買収する予定だという。
ベイルの躍進は、外国企業の影響力拡大を案じるスイスのリゾートにとって脅威になっていると認めざるを得ない。スイスのリゾートオーナーが市場価格の5~6倍での買収に誘惑される可能性はある。ベイルはマジック・パス加盟の小規模リゾートをいくつか買収することもできるだろう。
編集:Pauline Turban、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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